いまさらですが、この度の地震で被災された方々には、心からお見舞い申し上げます。震災から二週間が経ちましたが、長かったような、あっという間のような……。
震度6強を観測した地域に祖父母がいて、発災直後は電話も通じず、頭が真っ白、血の気がひくとはこういう事かといった体でした。私も5強の揺れを体験して十分怖かったのですが、それ以上に、身近な人間の生命に危機が及ぶという事態が衝撃的でした。突き指するくらい電話のボタンを押しまくり、夕方奇跡的に電話が繋がって声が聞けたときには、本当に涙が出ました。
その後は少しでも情報が欲しくて一日中NHKニュースを見続け、次々明らかになる被害状況に涙が滲むの繰り返し(今思うと、何度も映像を見続けたために余計メンタルに負荷をかけたわけですが)。翌日からはまた祖父母宅の電話も繋がらなくなり、避難所が何処か(そもそも避難したのか自宅に留まってるのか)も分からず、171にも伝言はなく、「一回声を聞いて無事を確認してるから大丈夫」と言い聞かせながらも悪い方向にばかり想像がいってしまい…。毎日心も体もぐらぐらしっぱなしでした。
数日後に、電気の復旧に伴い電話も繋がるようになりました。職場の先輩も心配してくれて、アドバイスをもらって手紙を出してみたり。電話が復活してからは毎日電話をするようにしてます。未だに食事やガス、寒さなど不自由があるようですが、とりあえず健康に問題はないようで、ようやくホッとできた感じです。
震度6強を観測した地域に祖父母がいて、発災直後は電話も通じず、頭が真っ白、血の気がひくとはこういう事かといった体でした。私も5強の揺れを体験して十分怖かったのですが、それ以上に、身近な人間の生命に危機が及ぶという事態が衝撃的でした。突き指するくらい電話のボタンを押しまくり、夕方奇跡的に電話が繋がって声が聞けたときには、本当に涙が出ました。
その後は少しでも情報が欲しくて一日中NHKニュースを見続け、次々明らかになる被害状況に涙が滲むの繰り返し(今思うと、何度も映像を見続けたために余計メンタルに負荷をかけたわけですが)。翌日からはまた祖父母宅の電話も繋がらなくなり、避難所が何処か(そもそも避難したのか自宅に留まってるのか)も分からず、171にも伝言はなく、「一回声を聞いて無事を確認してるから大丈夫」と言い聞かせながらも悪い方向にばかり想像がいってしまい…。毎日心も体もぐらぐらしっぱなしでした。
数日後に、電気の復旧に伴い電話も繋がるようになりました。職場の先輩も心配してくれて、アドバイスをもらって手紙を出してみたり。電話が復活してからは毎日電話をするようにしてます。未だに食事やガス、寒さなど不自由があるようですが、とりあえず健康に問題はないようで、ようやくホッとできた感じです。
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